元公務員が主夫FIREした話|40代で県庁を早期退職した僕のリアル

主夫FIRE体験談

こんにちは、元県庁職員・現在主夫のなおです。

僕は1年前、41歳で18年間勤めた県庁を退職しました。

「もったいない」「なんで?」と言われることも多いです。

でも、後悔は一切ありません。

このブログでは、公務員を辞めて主夫FIREという道を選んだ僕の話を、リアルに書いていきます。

この記事でわかること

  • 41歳で18年勤めた県庁を辞めるまでの経緯(夜勤異動・激務・限界)
  • 「FIRE」を知り、5年の節約と投資で資産2,000万円を作るまで
  • 退職を決めた最後の一押しと、辞めたあとの正直な今
  • 退職後に資産は3,500万円へ。普通の凡人でも届いた、という実感

県庁に入ったときは、やめる気なんてなかった

ふりかえってみると——

県庁に入った当初の僕は、定年まで働き続けるんだろうな、とぼんやり思っていました。

それが「普通の幸せ」だと思っていたし、疑いもしなかった。

やめることを考え始めたのは、もう何年も前のことです。


子どもが生まれた直後に、夜勤のある部署へ異動

娘が生まれたばかりの、一番大変な時期。

なぜか、夜勤のある部署に異動させられました。

事前の聴き取りのとき、「夜勤は無理です」とはっきり伝えていたのに。

なお
なお
「おれ、なんか悪いことしたっけ?」

本気でそう思いました。
でも思い当たる節はない。

県庁では希望どおりにならない人事異動は当たり前で、
むしろ「希望を書くと逆の結果になる」なんて噂まであったくらい。

それでも、当時はまだ本気で辞めようとは思っていませんでした。

慣れない交代制勤務で体力とメンタルを削られながら、生まれたばかりの娘をかわいがる余裕もない、、、。

そんな毎日でした。


激務部署で限界を迎えた

夜遅くの役所のオフィスで書類に囲まれ疲れた様子の男性職員

夜勤職場は2年で出られたものの、今度はより激務な部署へ異動。

毎日残業は当たり前。休日も働かないと間に合わない。
メンタル的にもつらい仕事でした。

仕事が大変なだけならまだよかった。

どうしても受け入れられなかったのは

「仕事ができない上司が、自分より高い給料をもらっている」という現実です。

尊敬できる先輩や同僚もたくさんいました。

でも、一部のダメな上司が優遇されているという事実だけで、仕事へのモチベーションはどんどん削がれていきました。

平日も土日も頭の中は仕事のストレスだけ。

育児も大変な時期が重なって、気づけば心身ともに限界に近づいていました。

なお
なお
「もうだめだ」

そう思ったとき、はじめて本気で早期退職を考え始めました。


「FIRE」という概念を知って、世界が変わった

朝の光が差し込む机の上に開いたノートとお金・投資の本

ちょうどその頃、お金について学ぶきっかけがありました。

YouTubeです。

きっかけの一つは「中田敦彦のYouTube大学」。
オリラジのあっちゃんが、世の中のさまざまな出来事を面白おかしく講義する、超人気チャンネルです。

お金をテーマにしたコンテンツがとてもわかりやすくて、「投資」というジャンルに興味を持ち始めました。

その後、投資をやっているパパ友から話を聞いたり、「リベラルアーツ大学(リベ大)」を見るようになったり——

ここで初めて「FIRE(Financial Independence, Retire Early)」という概念を知ります。

僕にとって青天の霹靂でした。

なお
なお
「え、もしかして本当に県庁やめられるんじゃね?」

そう思った瞬間から、本気でお金の勉強を始めました。


5年間の節約&投資で、運用資産2,000万円に到達

少しずつ積み上がるコインの山と育っていく植物の芽、通帳と電卓

勉強方法のメインはYouTubeでした(笑)

でも今の時代、YouTubeでも本当に有益なコンテンツが山ほどあります。

特にリベ大のクオリティはすごくて、「お金の勉強はこれだけでいいんじゃないか」というくらい充実しています。

家事しながらの「ながら聴き」から始めて、少しずつ実践へ。

「この地獄から解放されたい!」

その一心で節約を徹底し、少額からの投資(NISA)も始めました。

夫婦共働きで、投資の相場も追い風でした(妻の「投資アレルギー」はすごかったですが 笑)。

そして約5年間の節約&投資を続けて——運用資産は最終的に2,000万円に到達。

預貯金と合わせて、世帯の総資産は2,500万円超。

ここに退職金の見込み500万円を上乗せすれば、ぎりぎり「3,000万円ライン」に届く計算でした。

数字的にはカツカツでしたが、退職を本気で意識し始めた瞬間でした。

💡 補足:住宅ローンについて

当時、住宅ローンが約1,500万円残っていました。

「純資産」として厳密に見ればもう少し厳しい数字ですが、月々の返済額と生活費を計算したうえで、「これならやっていける」と判断しました。

※住宅ローンとFIREの考え方については、別の記事で詳しく書く予定です。


体調を崩して、退職を決意

とはいえ、一般的に見れば「仕事をやめられるほどの資産」とは言いにくい金額です。

民間企業などに転職するならともかく、主夫+フリーランスを目指していたのですから。

フリーで稼げる保証もなかったし、ぶっちゃけ今も稼げていません😂

完全に妻の安定した収入ありきの計画でした。妻には感謝してもしきれません。

そして退職への最後の一押しになったのが、体調を崩したこと。

仕事を続けられないほどの不調ではなかった。

でも「いつやめるか」のカウントダウンに入っていた僕にとって、決断するには十分な理由でした。

2025年3月末、ついに退職。

最終日に職場をあとにしたときの達成感と解放感は、今でも忘れられません。


退職後の今——資産は3,500万円に増えた

明るいリビングのソファでマグカップを手にくつろぐ主夫

果たしてこれをFIREと呼んでいいのか、正直わかりません。

サイドFIREとも少し違う。

だから自分では「主夫FIRE」と呼んでいます(笑)

不安がないといえば嘘になります。

フリーで思うように稼げないのは、正直つらいところです。

それでも——後悔は一切ありません。

生き地獄から解放されて、自由を手にすることができたのだから。

退職後はラッキーなことに相場に恵まれ、資産は減るどころか増えています。

投資による資産増加分が、これまでの年収に匹敵するほど。

現在の投資資産は約3,500万円。
退職金や預貯金からの追加投資も合わせ、退職時の約2,000万円から1,500万円ほど増えました(うち運用益だけで約1,000万円)。

5年で「3,000万円ライン」に届くまで

① 5年間の積立(運用資産)2,000万円
② +預貯金=総資産2,500万円
③ +退職金見込み=3,000万円ライン3,000万円
④ 退職後、相場に恵まれ3,500万円

「お金がお金を生む」サイクルを、リアルに実感できています。

特別な才能も特技もない、普通の凡人な僕でもここまでやれました。

FIREは、一部の特別な人だけのものじゃない。


この記事のまとめ

  • 夜勤異動と激務、「できない上司が高給」という現実に心身が限界に近づき、退職を考え始めた。
  • 「FIRE」を知って5年間、節約と投資を続け、運用資産2,000万円に到達。
  • 体調を崩したのを最後の一押しに、2025年3月末で退職。
  • 退職後は相場にも恵まれ、資産は3,500万円に。特別な才能のない凡人でも、ここまで来られた。

このブログでお伝えしたいこと

このブログは、「早く仕事をやめたい!」と思っている、
主に公務員の方
に向けて書いています。

  • 具体的にどんな過程をたどったのか?
  • 周りの反応はどうだったのか?
  • 退職後の生活はどうなのか?

こういった疑問に、できるだけ正直に答えていきます。

1年前の僕と同じように悩んでいる方の、少しでも参考になれば嬉しいです。

気になる方は、ぜひまた読みに来てください☺

それではまた!

この記事は、筆者なお自身の体験と判断をもとに執筆しています。文章の編集・校正にAIを活用していますが、内容の最終確認は筆者本人が行っています。

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