公務員を辞めるまでの半年|決意から最終出勤日までの退職タイムライン

主夫FIRE体験談

「公務員を辞めるって、何から始めたらいいんだろう?」

退職を決意した直後、僕は途方に暮れていました。

上司への切り出し方、退職届を出すタイミング、引継ぎ、有給消化、挨拶回り——

考え出すとキリがなくて、不安でいっぱいだったことを思い出します。

「辞めたい、でも何から手をつけたらいいか分からない」——

そんなふうに足踏みしている方、きっと多いんじゃないかと思います。

だからこの記事では、僕がどうやって県庁を辞めたのか、ラスト約半年間の流れを時系列で書いていきます。

完璧な手順書ではなく、ひとつの実例として、読んでもらえたらうれしいです。

まず、全体のタイムラインをざっくり示すとこんな感じです。

時期できごと
2024年8月下旬不眠症発症 → 精神科受診。「辞める」が現実的に
2024年9月初旬妻に切り出す → OKをもらう
2024年9月下旬上司に退職の意向を伝える(業績評価面談)
2024年11月人事ヒアリングで正式申出。退職願提出
2025年1月職場全員に報告。引継ぎ・退職準備本格化
2025年2〜3月退職届提出。もろもろの書類手続きと挨拶回り
2025年3月末日BCCで一斉挨拶メール、片付け、退職

2024年8月下旬|突然の異変

眠れない夜、ベッドサイドの間接照明

きっかけは突然起こりました。

8月の下旬、僕は不眠症になりました。

夜になっても眠れない。眠れても朝までもたない。

日中はぼんやりして、仕事のパフォーマンスもみるみる落ちていく。

これはヤバいと思い、すぐに精神科を受診し、診断と薬の処方を受けました。

幸い眠剤を飲めば眠ることができたので、しばらくは何事もなく仕事を続けることに。

でも、このタイミングで、ぼんやりと考え始めていたことがありました。

「もう、辞めるしかないかもな…」

それまでも「いつか辞めたい」という気持ちはずっとありました。

でもあくまで「いつか」の話だったんです。

それがこのとき、はっきりと「今年度中に辞める」という現実的な選択肢に変わりました。

2024年9月初旬|妻に切り出す

ダイニングテーブルに向かい合うマグカップ

県庁を退職することについて、まず家族の合意を取る必要がありました。

ある日、僕は思い切って妻にこう言いました。

「もう仕事辞めようかな」

妻の返事は、あっさりしていました。

「いいんじゃない?」

え、それだけ?

身構えていた自分が、ちょっと拍子抜けしました。

でも考えてみると、当然だったかもしれません。

僕は前々から、ことあるごとに「辞めたい」「もう限界」とこぼしていたし、体調を崩していることも共有していました。

かつ、早期退職の準備として、本気で資産形成に取り組んでいることも伝えていました。

妻からすれば「ようやく辞めるのか」くらいの感覚だったのかもしれません(笑)

ありがたかったのは、妻も公務員で、これから先も長く働いていく予定だということ。

妻は仕事にやりがいを持って取り組んでいるタイプで、今後も辞める気配はありません。

つまり、家計の柱はある。

僕が無収入になっても、すぐに家庭が崩れることはない——その安心感が、退職を決断する大きな後押しになりました。

これから辞めることを考えている方に、伝えられるとしたら——

日頃から家族に、本音をこぼしておくこと。

「いつか辞めるかも」「最近キツい」——そんな弱音を普段から共有しておくと、本気で切り出したときに、相手の側にも心の準備ができています。

突然「明日辞める」と言われたら、誰だって構えます。

日頃の積み重ねが、いざというときの合意をスムーズにしてくれる。

僕自身が強く感じている教訓です。

ちなみに、このときの僕のような状況であれば、病休をとることも有力な選択肢です。

公務員には、こんな制度があります。

  • 病気休暇:最大90日まで(給与100%支給)
  • 病気休職:病気休暇後も療養が必要なら、最大3年取得できる
    • 1年目:給与の80%が支給
    • 2〜3年目:無給だが、共済組合から傷病手当金が出る

※ 細かい数字は自治体・職種で違うので、正確には所属の人事規定を確認してください。

主治医に相談するのは前提として、数か月〜1年間くらい病休を取って、休養しながら先のことをゆっくり考えることもできます。

ただ僕の場合は、ずっと前からのストレスの蓄積もあり、

「なるべく早く県庁から去りたい!」

という気持ちが勝っていたので、あえて病休は取らず、退職という道を選びました。

2024年9月|上司に初めて伝える

会議室の机、ノートとペン

退職の意向を職場の上司に伝えたのは、9月下旬。

上期の業績を振り返る管理職との面談のときでした。

普段は仕事の振り返りの場ですが、僕はそこで切り出しました。

「実は、年度末で退職を考えています」

体調を崩していること、精神科を受診したことも伝えました。

こういうのって一度は引き止められるイメージがあったんですけど、上司は驚きながらも、わりと理解してくれたので、ちょっと拍子抜けしました。

まぁ本当に優秀な人なら引き止められるのかもしれません(笑)

そして、こう言われました。

「正式な意向は、11月の人事ヒアリングのときに改めて伝えてほしい」

県庁では毎年11月ごろ、来年度の人事希望を聞かれる「人事ヒアリング」があります。

退職もそこで正式に申し出てほしいとのことでした。

9月の面談は、いわば「予告」のような位置づけになりましたが、振り返ってみると、このタイミングで伝えられたのはよかった。

胸の中でモヤモヤしていたものが、このときかなり晴れやかになったのを覚えています。

まぁ僕の場合は、「もう辞める」という気持ちが確固たるものだったので、半年以上も前のこのタイミングで伝えましたが、一般的にはもっと後になりますよね。

転職を視野に入れて動いた場合、転職先が決まるまで退職の意向は伝えにくいでしょうし、半年も待ってくれる会社はそうそうないでしょうから。

もちろん年度途中で退職するという手もあります。

ただ、組織的なことを考えると、途中で職員が1人減ってしまうのは、周りの負担になってしまうので、個人的には避けたかったという事情もあります。

ときどき見かける早期退職の人も、たいてい年度末である3月に辞めてますね。

2024年11月|Teamsで退職願を「ポン」

ノートPCで送信する手元

11月、人事ヒアリングの面接で、僕は改めて退職の意向を伝えました。

9月に一度伝えていたので、スムーズに話は進み、「じゃあ、退職願を出してね」と言われました。

このとき初めて、「退職届」の前に「退職願」を出すものなのだと知りました。

  • 退職願:「退職させていただけますか」と願い出る書類。承認されてはじめて退職が確定。
  • 退職届:「退職します」と通知する書類。受理された時点で確定し、原則撤回はできない。

公務員の場合、慣例として先に「退職願」を出して承認を得て、最後に「退職届」を出す——という二段構えの流れになっています。

退職願の様式に沿って書くだけなのですが、退職理由をどうするか少し思案。

ネット上で調べて、無難に「一身上の都合により」としました。

書類の提出方法を確認すると、上司にTeamsで送ればOKとのことでした。

ちょうどこの頃、Teams(チャットツール)が全庁的に使われ始めていたのですが、てっきりこういう重要な書類は紙で提出するべきなのかなと思っていました。

18年勤めた組織を辞める書類が、Teamsで「ポン」

あっけなかったです(笑)

でも肩の荷が下りました。

このタイミングで、信頼できる親しい同僚にも順次伝えました。

驚かれたり、励まされたりしましたが、文句や批判を言うような人は誰もいませんでした。

たぶん、一昔前であれば、公務員を辞める、ましてや男性が主夫になるなんて、価値観として受け入れられなかったと思うんですよね。

僕も多少の批判は覚悟していたのですが、親族からも、上司や同僚からも、嫌な気持ちにさせられるようなことは一切言われなかった。

本当にありがたかったです。感謝!

まぁ「もったいない」くらいは、さすがに言われましたけど(笑)

2025年1月|職場全員への報告と、引継ぎ地獄の開始

積み上がった書類とノートPC

年が明けて、仕事始めの日。

朝礼の場で、職場の全員に退職の意向を伝えました。

ここからが、本当のスタートでした。

引継ぎ資料の作成、自分の業務の棚おろし、たまっていた資料の整理——通常業務をこなしながら、退職準備を並行で進める日々。

これが、本当に大変でした。

仕事は減らない。むしろ年度末に向けて忙しくなる。そこに退職準備が乗っかる。

有給は、ほぼ使えませんでした。

残日数は30日前後あったのに、まとまった休みは取れずじまい💦

ちなみに、退職する人の中には有給をほぼ使い切る人もいます。

当然の権利なので、使えるなら使った方がよいです!

ただ僕の場合は、時間にまったく余裕がなかったのと、段取りの悪さが災いし、有給取れないどころか、休日もほぼ出ずっぱりで仕事の整理をしてました😅

2025年2〜3月|書類ラッシュと挨拶回り

封筒と印鑑、書類が並ぶ机

2月に入ると、退職に関する書類作成ラッシュが始まりました。

正式な「退職届」の提出、共済組合関係の書類、退職金や税金関係の書類、健康保険・年金切替の準備——

11月に出した「退職願」とは別に、ここで「退職届」を改めて出すことになります。

並行して、部署外でお世話になった人への挨拶も少しずつ進めました。

異動で離れた元上司、別部署の同期、仲良くしてくれた後輩 etc——

本来はなるべく会って挨拶した方がいいのかもしれません。

ただ、とにかく時間的余裕がなかったのと、本庁勤務ではなく出先機関(離れ小島みたいなイメージ)の勤務だったこともあり、直接会えない人も大勢いました。

仲のよかった同期などにはTeamsで挨拶することもあったのですが、お世話になった人全員に送ろうとすると、キリがないなと思ったので、最終日に一斉に送ることにしました。

2025年3月最終日|メール一斉送信と、最後の片付け

夕暮れ、職場を後にする後ろ姿

そして、最終出勤日。

直接会えなかった皆さんに、BCCで一斉に挨拶メールを送りました。

文例を何度も検索し、書き直して、最終日のお昼ごろに送信ボタンを押しました。

予想以上の返信が来ました。

  • 「お疲れさまでした」
  • 「またどこかで」
  • 「ご活躍を」

嬉しかったけど、最終日のバタバタの中では、ひとつずつ返すのはなかなか大変でした😅

後任者への引継ぎ、机の片付け、私物の持ち出し——最後まで慌ただしかった💦

夕方、最後の挨拶を済ませて、職場の建物を出ました。

終わった——

少しの寂しさはあったものの、圧倒的な解放感がそれを上回っていたことを覚えています。

退職してから振り返って、思うこと

こうして書き出してみると、「半年」と一言で言っても、いろんなことがありました。

振り返って思ったことがいくつかあります。

失敗したなぁと思ったのは、自分の給与明細を印刷しておかなかったこと。

県庁では給与明細がデジタルで出るので、紙で持っておこうとすると自分で印刷しないといけませんでした。

けれど、忙しさにかまけて印刷を怠っていたら、退職後に月ごとの給与が把握できないという事態に陥りました。(システムにログインできなくなるので)

源泉徴収票はあとでもらえるし、わからなくて致命的に困るということもなかったですが、できればもらっておけばよかったなぁと。

また、人によっては退職後に連絡を取りたい相手もいるかもしれません。

組織のメールシステムなどに連絡を頼っていた場合、それが困難になる可能性もあるので、私用のメルアドやLINEの交換をしておくとよいと思います。

公務員を本気で辞めたいと思っているあなたへ

退職に向けて動くのは不安も怖さもあるけれど、いざやってみたら意外とあっさり済んだ——ということが多かった。

多少は批判されるかと思えばそんなこともなく、退職手続きもスムーズに進みました。

「本気で公務員を辞めたい!」

こう思っている方は、勇気をもって一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

そして、当たり前かもしれませんが、

「準備は、なるべく早く始めたほうがいい」

引継ぎも、書類も、挨拶も、全部「あとでいいや」と思っていると、最後に全部のしかかってきます。

退職日から今やるべきことを逆算して、計画的に動きましょう。

あくまでひとつの事例ですが、今回書いた僕のタイムラインが少しでも参考になれば幸いです!

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